「満願」米澤穂信 (新潮社)

2016-09-08

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日常と地続きの、ゾッとさせる怖さがある。
何かが「日常」に潜んでいるわけではない。
「日常」そのものが実は得体の知れない「非日常」である。
だが私たちは「日常」という言葉を使ってその現実から目を背け、非日常的な日々を何となく過ごしているだけにすぎない。
灰原はこの「満願」を読んで、そんな思いを抱いていた。

夜警

あらすじ

小心者の新米警官が自分の不始末を隠蔽しようとある事件を画策する。
だがその事件が仇となり、その新米警官は命を落とすことになる。
先輩警官の柳岡は新米警官の犯した不始末が何だったのか、そしてその隠ぺいのために画策された事件のあらましを憶測する。
だがそれを知ったところで、柳岡はどうするということもない。
その胸中に思うことは何なのか。

警官としてどうこうという話ではない。
人が他者に接する時、現在多くの場合このような振る舞いをするのではないか。
特殊な事例ではなく、世間にありふれた話であるはずなのに、そのありふれた「日常」に怖さを感じる。
人付き合いの苦手な灰原にとって、ここに描かれた人々の姿は決して他人事ではない。
だが他人事ではないからこそ、灰原はますます人との関わりを避けようとも思うのだった。


死人宿

あらすじ

自殺志願者が客として集まる温泉宿。
宿泊客の誰がその自殺志願者なのか、落し物の遺書を手掛かりに探す主人公。
自分と何ら関わりのない人の自殺を、彼はなぜ止めようとするのか。
別れた彼女、佐和子とよりを戻すために今の自分は昔とは違う、他人を助けられる人間になったのだと証明したかったのだ。

ちょっとした推理小説である。
ただ可能性の一つとして考えられる結末であったため、その結末に灰原はさして驚くことはなかった。
だがそういう推理要素よりも、この小説の本題は別にある、と感じていた。

以前の主人公はと言えば、彼女といえども詰まる所は他人であると割り切ったところのある人間だった。
そのため彼女を助けるべき時に助けず、突き放すような形で別れることになる。
彼はその経験を踏まえて、今は合理性よりも人としての優しさが大事な時があるということを学習した。
そのことを別れた彼女にアピールしようとして、赤の他人の自殺を止めようとしている姿が、それこそ合理的な人間に他ならない。

何とも皮肉な話だと思いつつ、灰原は自らの姿とその主人公の姿を脳裏で重ねるのだった。

柘榴

佐原成海という、女を惹きつけてやまないダメ男を巡る母娘たちの暗闘。
簡潔・簡素な締めの一文から姉の勝利の確信と安堵が感じられる。
「美しさ」に対する女性の執着心に焦点を当てたものだろうか。
だが女性が美しくあり続けたいと思うのは、常に男のためとは限らない。
自身が女装をするからこそ灰原にはわかるのだが、単純に「かわいい」「きれい」な自分を作りたいだけで、男はむしろその副産物に近い。
もちろん男のためにきれいになろうと頑張っている人もいるだろうけども。



万灯

あらすじ

資源開発事業に己の全てを捧げる男、伊丹。
彼は自分の掘り当てた資源が、街の灯りとなって人々の暮らしを支えることが自分の使命であり、夢であると考えて頑張っていた。
しかしその使命と夢には障害が伴うことがあり、時にはある程度の犠牲を支払わなければいけない時もあった。

伊丹という男は、社畜とはまた違うのだろうか。
会社の利益と本人の考える使命や夢が一致している時点で、いわゆる社畜とは違うような気がする。
ただその行動や判断基準は社畜と呼ばれる人間と何ら変わるところがない。

灰原はここで以前読んだ本の名前を思い出そうとするが、上手くいかず、結局読書ノートで確認した。

ブログに書き留めておいた部分はかなり端折ったもので、手書きで残しておいたノートの方にこの小説にぴったりの一節を見つける。

日本には残念ながら民主主義が根付いていない。
会社より広く大きいことが自明な社会が見えていない。
だから社会的なルールを守るという気持ちが出て来ない。

伊丹の場合は会社人間とは違い、自分の使命や夢に殉じた結果とも言える。
ただ「社会的なルール」よりも会社、あるいは自分の使命や夢が大事という部分では一致している。

しかし常に社会優先で、自分のしたいことは後回しというのは、これまた一個人としてはどうなのだろう。
もやもやとしつつ灰原が思い至ったのは、伊丹という男が社畜なのか自分本位の人間なのか、どちらの立場に足を置いているのかが明確でないということだった。

社畜なのであれば、伊丹の行動とその結果に対する彼の思いは整合性がある。
だが自分の使命や夢のために起こした行動と考えるならば、その結果に対しての独白があまりにも無責任すぎるのだ。

自分のしでかしたことへの追及が来た時を思って言い逃れを考える伊丹だが、自分のしたことに後ろ暗さを感じている時点で、彼の使命や夢とは一体何だったのか、と灰原は疑問に思う。
もちろん作者がそこまで考えて書いた物語ではないかもしれない。
ただ現実社会において社畜と呼ばれる人の中には、自分に課せられた仕事を使命や夢と思い込んでいるだけの自覚なき社畜がいるのも事実だろう。

会社に何かを命じられた時、それが社会的に問題のある事柄であるとわかっていたとして、自分は果たしてその辞令を断固拒むことができるだろうか。
灰原は己の存在の小ささを、改めて目の当たりにしたような気持ちがした。

読書期間:2015(H27).4.27~5.4

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