物語の絡繰りとしての理屈は分かるのです。ですが、どうも現実味に乏しいお話という感想が出てきます。
もちろん小説ですから、全て虚構の世界であることは十分に承知しています。とは云え、一村分の人間に暗示を施して村から立ち去らせ、その無人となった村に今度は他所から連れて来た大勢の人間を住まわせる。それも、ずっとそこに住んでいたと云う暗示を施した上で住まわせる、という話はあまりに荒唐無稽ではないでしょうか。
旧日本陸軍の力量がそれを可能にさせたと云う根拠も、矢張り無理があるように思われます。
文庫版 塗仏の宴 宴の支度 (講談社文庫)
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今回、駄作とも言える出来映えになってしまった原因の一つには、旧日本陸軍の脅威的な科学力や実行力を示すような史実が何も描かれていないことではないかと思います。物語の根拠や説得力に関わる重要な部分ですから、それは何としても描いて欲しかったと思います。
次に佐伯家の構成やそこで起きた事件について。これらは本作の謎解き部分に関わるため、冒頭から明確に「どこそこでこう云った事件があった」と説明的な記述をすることは困難です。
ですが家族構成を登場人物の視点で語らせる形で読者に示す方法は些か悪手かと思います。人付き合いの親疎の程度には個人差があるものです。そのように偏りがある形で語られれば、読者にしても各人物を同平面上に等しく並べて眺めることができません。見方によっては妙手とも思われるのですが、しかし私にはそうは思えません。
まずは佐伯家の家族構成を偏りなく詳らかに描写すべきだったと思います。
登場人物の視点、それも本来であれば他の者によって語られるべき当事者の視点では、それは不可能です。
物事の内側からは物事の外観は見えないものなのです。
今回は非常に単純な話を、長大な頁数を使って分かりにくく描かれただけのような読後感が残ります。いつもならもっと学術的なメッセージなりが話に盛り込まれてくるのが個人的には楽しみでしたので、本作では少しガッカリしました。
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