とある箱根の旅館の庭内に忽然と現れた僧の死体を皮切りに次々と僧侶達が殺されていく、後に箱根山連続僧侶殺人事件と呼ばれる事件が起きた。
折りしも、古書の鑑定と買取の依頼を受けた京極堂とその付き添いの関口は箱根に宿泊しに来ていたのだが、いつものごとくその事件に巻き込まれていくことになる。
前回の「狂骨の夢」に続き、またも仏教分野のお話で、前回は密教を巡っての話でしたが、今回は禅宗を巡っての事件となります。
「狂骨の夢」では読者を置き去りにしたまま、ラストで京極堂が密教についての薀蓄を一気に述べて解決に導いていましたが、今回は読者を置き去りにすることなく、途中途中で京極堂が非常にわかりやすく禅について語ってくれます。
個人的には前作の「狂骨の夢」は、どうも失敗だったような気がしていますので、これでリベンジができたのではないでしょうか。
事件とは全く関係ないのですが、久し振りの旅行のためかいつもより気分が若干ウキウキしてるような、はしゃいでるような、いつもよりフットワークの軽い京極堂の姿が見れて楽しかったです。
迷子の振袖娘という怪異が出てきますが、事件の本筋には全く無関係で、これは読み手の推理の撹乱のためだけの要素という気がします。
「鉄鼠の檻」は全体的にいい出来だと思うので、正直この迷子の振袖娘の話は蛇足のような感じがしてなりません。
文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)
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本書での一番の謎といえば、恐らく犯人の動機だと思います。これは実際に読んでもらって、そういうこともあるもんなのかなぁ、とでも思ってもらうしかありませんが、ただその根本においては「嫉妬」「羨望」「妄執」という如何にも人間らしいあさましさがあったと考えるとシンプルではないでしょうか。
ただその「嫉妬」「羨望」「妄執」の対象が一般的に思い付くようなもの、例えばお金や地位といったものではなかっただけ、と考えると犯人の動機は非常にシンプルで、全ての謎が消えてしまうのが興味深いですね。
本書を読んで禅というものが理解できたとは私は全く思いませんが、それでも自分なりに咀嚼してみたものを、以下につらつらと書いていこうと思います。
一枚の透明なフィルムシートを思い浮かべ、そこに黒字で文章を書くとします。当然、そこに書かれていることは容易に読み取れます。
今度は先程とは違う文章を、また別の透明なフィルムシートに書き込み、先程のシートの上に重ねるとします。判読はやや難しくなると思いますが、それでも何とか読めるのではないでしょうか。
ですが、すでに書き込まれたものと異なる文章を書き込んだフィルムシートを3枚、4枚と次々に重ねていけば、いずれ判読は不可能になります。
下のフィルムシートに書き込まれた文字が上のフィルムシートを透過し、文字が次々と重なり合っていけば、それは文字ではなくただの黒い記号のようなものが連続してるだけのようにしか見えなくなるわけです。
フィルムシート1枚に書かれたものが世界や事物・事象についての1つの解釈として置き換えるなら、人によりその解釈は様々で故事にあるようにまさに千差万別・十人十色でしょうから、無数のフィルムシートがあるということになるでしょう。
ですが実際の世界というものは、それらの解釈全てを飲み込んでも、まだなお言葉での説明がつかないもの、なのではないでしょうか。
解釈という行為は世界の一側面を切り取って、言葉によって説明しようとする行為だと思うのですが、それはあくまで1枚のフィルムシートでしかなく、世界とはただの黒い記号のような塊で、外側から眺める分には判読ができないものだと思うのです。
つまり世界や自分というものを自分の外に置いて、観察しようとすればするほど、判読ができない黒い塊でしかないものがそこに現れてくるわけです。
よしんば、一枚のフィルムシートを塊から取り出して判読できたとして、それはあくまで一部であって、世界という黒い塊そのもの全てを読み取ったことにはならないでしょう。
これが十牛図の「黒い牛」なのではないのでしょうか。
そして「十牛図」の牛が白くなるというのは、自分がその世界の一部、黒い塊の一部になることを意味しているのではないでしょうか。
自身が世界、黒い塊の一部、つまり黒い塊を構成するフィルムシートの一枚に書き込まれた文字として周囲を見渡せば、そこにはもう判読するべき黒い塊はなく、透明なフィルムシートだけが目に入るような景色が見えるのではないかと思うのです。
つまり世界はよくわからん真っ黒なもので、自身もその一部であると自覚するのが悟りであり、いくら言葉で世界や自身を解釈したところで、それは黒い塊を構成する一枚のフィルムシートに過ぎず、そのように自身の外側に世界や自身を置いて観察している限り、そこには判読不可能な黒い塊のような記号が延々と目に映るだけ、ということなのかな、と思いました。
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