新潮社から刊行されたものを読んだ感想になります。本作は、表題作を含めた十二編から成る短編集です。古典から題材を得たものが、そのほとんどです。怪談・奇談、あるいはオカルトと呼ばれるような内容の話で構成されています。その中で、私が特に気に入っているのは「洪水」と「羅刹女国」です。
この二編は虐げられる女性の、人としての尊厳についての問いを読者に投げ掛けてきます。それも現在よりも男尊女卑の気風の強い時代において、です。
恐らく原拠とした文献には、ここまでは描かれていなかったのでは? と思われます。思うに、氏の手によって加工され、昭和の寓話として描かれたのでしょう。
あと一編「補陀落渡海記」について、思うところを述べておきます。この一話は、人にもよりますが、昔の人は何と愚かなのだ、と笑い話程度に思わせるものかもしれません。正直、私はこの一話を読んだ直後には、特に如何とも思わなかったのです。昔の人の迷信深さや愚かさについて書かれた話かと思う程度でした。
ですが感想を書くに至り、ふと気になることが頭に浮かんできました。物語が書かれた年を調べると、昭和三十六年とありました。これが昭和二十年前後の作品であれば、かなり思い切った物語を書き上げたものだと、私は驚いていたことでしょう。
本人は望んでいないのにも関わらず、周囲の人々の勝手な期待で死地に赴かされる、という筋と、昭和二十年前後の時代背景を結びつけると、そこには太平洋戦争時の日本の国体が、どんなものであったのかが、おぼろげに浮かんで来そうです。
思うに「補陀落渡海記」はそれを指して、当時の人々の愚かさを遠回しに批判した作品だとも受け取れるのではないでしょうか。
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