アニメ化された際のタイトルが「空中ブランコ」だったので、こちらの「イン・ザ・プール」の方が続編かと思ってました。どうやら「イン・ザ・プール」の方が先だったようです。
「空中ブランコ」奥田英朗 (文春文庫)
奥田英朗氏の「空中ブランコ」は、前作「イン・ザ・プール」に続く、連作短編小説集です。扱うテーマは現代人の生活において、決して軽い部類のものではないと思います。しかしその割りに、さらっと読めてしまいます。全編に渡って描かれる患者の病状は全て、過度の不安から生じたものです。
伊良部総合病院地下の主、精神科医伊良部一郎。
色白のデブでマザコン。図太い神経の持ち主であり、そのためか身なりを気にしないところがあり、ボサボサの髪にはフケがある。なのにナルシストな上に注射フェチ。そんな破天荒な伊良部ののもとに訪れる患者達。
プール依存症、陰茎強直症、被害妄想癖、携帯電話依存症、強迫神経症、これら5人の患者を果たして伊良部一郎は救えるのか。
伊良部一郎は特に治療らしいことを、患者に対して何もしません。でも最後には救われていくというラストが待ってるんです。
明らかに患者よりも、治療する側の伊良部の方がおかしい人物というのがポイントです。
5人の患者はいずれも世間一般的には心の病を持つ人たちという位置にいるのですが、実際には今の日本社会において、誰しもが陥りかねない心の落とし穴に足を絡め取られただけの、至って普通の人たちだと考えるべきかと思います。
逆に伊良部のように人の目を気にせず、自分の思うままに振舞って生きることの方がよほど困難ではないでしょうか。
イン・ザ・プール ドクター伊良部 (文春文庫)
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人は日常生活を送る際、自分でも気づかない内に自分で勝手に決めた価値判断などを元に考えたり、行動したりしてると思います。
例えば、自分はダメな人間だと自信をなくしてる人に、どういうところがダメなのかと問えば、その人がどのようなことに対して価値を認めているのかわかります。仕事が上手くいかない、人間関係が上手くいかない、だから自分はダメ人間だ、というようにです。
その答えに対して、ではなぜ仕事が上手くいかないことや、人間関係が上手くいかないことがダメなことなの? 別にいいじゃないの、仕事が上手くいかなくても、人間関係が上手くいかなくても、と返したとします。
こういうと、いや仕事や人間関係は大事だろ、と反論される人もいるかと思います。それに対して私は、まさにそれこそがあなたの思い込みです、と答えます。
思い込みという言い方が悪いかもしれないので言い換えますと、仕事や人間関係は大事という価値判断に頼って生きている証拠、と指摘できるわけです。
当然そういう価値判断に至るまでに、いろんな経験をされた上でそう口にしているんでしょうが、あくまでそれはその人個人の経験だけに基づくもので、いわば長い年月をかけて心の鎧に厚みを加えてしまった結果だとも言えます。
自信家でその根拠が自分は仕事ができる、お金を持っているという人の場合は、非常に落とし穴に嵌りやすいです。その根拠を失うことに対しての不安を抱えてしまったり、また失ってしまった時、他に何も見えなくなりがちです。
伊良部一郎が対峙する患者たちは、そういうごくごく普通の一般人たちです。伊良部一郎は、その心の鎧を脱がして、そんなものがなくても生きていける、ということを教えている、ただそれだけなんですね。
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